店舗移転ご報告
皆様には、長い間ご不便をおかけしましたが、
先週、無事店舗を引越し、26日より新店舗での営業を開始いたしました。
人や土地に愛着のある、創業の地を離れるのはとても淋しい事でしたが、
偶然(必然)の出会いに導かれて、今の場所に辿り着きました。
今度のお店は四条烏丸の駅からもほど近く、交通アクセスも便利です。
お部屋はレトロ調で、皆様に落ち着ける空間を目指しております。
これを機会に、尚一層のサービス向上に努める所存です。
今後共、変わらぬご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。
皆様には、長い間ご不便をおかけしましたが、
先週、無事店舗を引越し、26日より新店舗での営業を開始いたしました。
人や土地に愛着のある、創業の地を離れるのはとても淋しい事でしたが、
偶然(必然)の出会いに導かれて、今の場所に辿り着きました。
今度のお店は四条烏丸の駅からもほど近く、交通アクセスも便利です。
お部屋はレトロ調で、皆様に落ち着ける空間を目指しております。
これを機会に、尚一層のサービス向上に努める所存です。
今後共、変わらぬご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。
今回の地震・津波で犠牲になられた方々のご冥福をお祈り致しますと共に、
大切な家族や友人・家や街を失った方々、
恐怖と寒さの中で、助けを求めておられる方々、
被災された大勢の方々に、心よりお見舞い申し上げます。
どのような言葉をお掛けするのかも見当たりませんが、
今は、祈るばかりです。
この未曾有の苦難を乗り越えられ、
被災地の皆様の平安が、一日も早く取り戻せますように・・
早いもので、今年も残すところあと僅か・・
今年も多くのお客様との出会いに恵まれ、感謝いたしております。
殺伐とした世の中ですが、来年は一人でも多くの人達が
平和と幸せを感じられますよう、お祈り致しております。
12月30日より1月4日までは休業させて頂きます。
新年は1月5日から営業させて頂きます。
☆皆様良いお年を・・・
先日、女子プロ野球を初めて観に行きました。
西京極のわかさスタジアム京都で、
京都アストドリームスvs兵庫スイングスマイリーズです。
今年からいよいよ始った女子プロ野球ですが、
今のところこの2チームで戦います。
優勝は、既に兵庫と決定しています。
私も西京極は息子の少年野球以来ですが、球場に近づくにつれ、
あたりの暗闇とは対照的に、煌々と照らし出されるライトの元、
大歓声が外まで聞こえてきてワクワクしました。
球場に入ってまず驚いたのが、
意外にも?兵庫の応援団が熱い!
おそろいのユニフォームで、統率のとれた応援にはビックリしました。
勿論、京都の応援団も頑張っていましたが、
「遠い兵庫県からわざわざ応援に来られたのかしらん?」
と、頭の下る思いでした。
試合のほうは、女子野球といえども、球が速いのにビックリ!
しかも打者も力強いスイングで、ヒットを飛ばし、
本当にナインが一生懸命プレーに打ち込んでいるのが、
こちらにも伝わります。
そして試合終了後にも驚きが!・・・
なんと、出口に両チームのナインが整列して、
観客ひとりひとりにサインをしていたのです。
集団で来ていた少年野球の子供達が
色紙を持って、選手の前に行儀よく並んでいたのが印象的でした。
きっと、彼女達も男子と一緒に少年野球に打ち込んで、
でもプロになれるのは男性だけだった世界で、
やっと開けた道を、みんなで一丸となって
開拓していこうとしているのだなと感じました。
もっともっとチームが増えて、
また来期も女子野球が発展存続していけるように望むばかりです。
感動をありがとう!!
今期最終戦は10月22日(金)に、わかさスタジアム京都で行なわれます。
興味のある方は是非、是非!!
昨日の夜、常連のお客様から「今日は月が綺麗ですね・・」とメールを頂きました。
仕事の帰り道、堀川通りに出てみると、
本当にハッとするほど綺麗な月が、ポッカリと浮かんでいました。
冬の夜空の澄み切った大気のなか、透き通った丸い月が凛と佇んでいます。
その圧倒的な存在感に畏敬の念さえ覚え、
思わず自転車をその場に止めて、しばらくポカンと眺めていました。
私は子供の頃から空を見上げるのが大好きです。
空を見上げていると、この世の辛い事、悲しい事が忘れられる様な気がしました。
最近になってから、「近頃空を見上げてないなぁ・・」と、フト空を見上げた時、
西京高校の上空に、UFO?らしきものを発見しました。
それからは、仕事の行き帰りに空を見上げるのが日課になりました。
晴れた夜の空には、星でもなく、飛行機でもなく、
一瞬、鋭い閃光を放つ光のようなものをよく見ます。
それらの光はほんの一瞬で、二度と同じ場所には出てきてくれないので、
いつも「何だろう・・??」と思いますが、
あまり頭では、深く詮索しないでおこうと思っています。
私には、それらの光の数々が天からの贈り物に思えるからです。
という訳で・・いつも空ばかり見て走っているので、
車に当たりそうにもなりますが、
京都市内の空は、建物に遮られてあんまり広くはないので、
遠くまで見渡すことができません。
空の広いところに住んで、ずっと空を眺めていられれば
どんなに素敵だろうと思ってしまいます。
月を見て、花を見て、自然を見て、綺麗だと感動する。
感動は心の栄養です。
人心が乱れがちな、こんな世の中だからこそ、
心が折れそうな時、身近な自然から癒されてくださいネ。
寒の月 惑ふる子等の 闇照らす
純 子
昨夜、久しぶりに佛光寺通りのレイキの会に行ってきました。
いつも外国の方が多いのですが、
昨夜は特に大勢の外国の方で賑っていました。
日本の京都のお寺で、アチコチで英語が飛び交っているのは奇妙な感覚で
すが、なぜか皆さん落ち着いて馴染んでいるんですネ。
外国の方が多いほうが熱気を感じるのは、
レイキ発祥の地へ遠い国からはるばる訪れた、
彼らの熱い思いがあるからだと思います。
みんなで輪になって手をつないで、
今、この場所で出会えた事を感謝しました。
外国の方も日本語で、
レイキ創始者の臼井先生の言葉をみんなで唱和するのですが、
最初に聞いた時から衝撃を受け、
私はその言葉が大好きになったのでご紹介しますネ。
今日だけは
怒るな
心配すな
感謝して
業をはげめ
人に親切に
今日だけは、今日だけは・・なら出来そうなので、
一歩一歩、積み重ねていければ良いですネ。
改めまして、あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
皆様はどのようなお正月を過ごされたでしょうか?
私は初詣は伊勢神宮に参拝してきました。
お伊勢さんへの参拝は今年で4回目になります。
初めて行った年は開業を心に期していましたので、
やっぱお伊勢さんにご挨拶しておこうと思い出掛けました。
そして開業してお蔭様でお店のほうも大繁盛して、
お礼参りに行かなければいけないと思っていたのですが、
京都から伊勢といっても結構遠いので、「来年の初詣はどうしようか?」と迷っていました。
その年の暮れも押し詰まった頃、初めて来られたお客様と何気なく話していると、
「私の実家は伊勢で、おかげ横丁のすぐ近くです。」と言われたのです。
そこで私は「神様が呼んではる!」とピーンときて、
「今、決めました。私も来年お伊勢さんに参ります!」とそのお客様に言っていました。
お客様は驚いてポカンとされていましたが、
その日まで迷っていた私を、その方が背中を押しに来てくださったのだと思いました。
京都に住んでいても、あまり伊勢出身の方にお目にかかる事はないです。
昔の人は一生一度、命がけで来られていた伊勢参りを、
現代ではこんなに便利になり、行こうと思えば行ける環境にいるのに、
人間の勝手な都合で決めてはいけないと思いました。
そういう訳で私の毎年の伊勢参りが始まるようになりました。
その間、安倍総理や福田総理の参拝に出くわし、間近でお顔を拝見できたりもしましたが、
今回は2日に行ったので、遅い時間に行ったにもかかわらずすごい人出でした。
いつも思うのですが、神宮の杜に足を踏み入れた途端、
ピンと張り詰めたような霊気を感じ、その清々しさが私は大好きです。
内宮では参拝するまでに1時間近く行列で待たされたのですが、
寒かったですが待っている間中、杉の大木に手を当てたり杜の気を浴びる事ができ、
いつもより長く滞在できて、かえって良かったかなと思っています。
長い行列に耐えて、やっと参拝を終えられた人達は一様に「ハァーッ」とため息をつき、
皆、参拝という一仕事を終えた安堵感というものを感じました。
この為に全国から集った、善男善女の皆さんの顔が輝いて見えました。
今年も皆様にとって素晴らしい年でありますように・・・
今年1年のご愛顧、本当に有難うございました。
今年は皆様にとってどんな年だったでしょうか?
巷には暗いニュースが流れ、心まで暗くなりがちですネ。
けれども、先ほどお店のすぐ近くの錦市場まで行ってきましたが、
お正月用品を買い求める人達で、身動きがとれないほどで、
京極の辺りまで行くつもりが、気の弱い?私は結局あきらめてUターンして帰ってきました。
その活気溢れる人波に、日本はまだまだ大丈夫だなぁとかえって安心しました。
今年は世界でも「変化の年」と言われましたが、
私にとっても今年1年は、「変化の年」でした。
思いがけず、仕事上でも個人的にも良い指導者に巡りあう事ができ、
またそこから新たな展開が広がっていきました。
1年前の私では考えられなかった状況が、今私の周りで起きています。
「人と人との出会いに決して偶然はない」というのが私の師の言葉ですが、
お客様や個人的な出会いのなかに、つくづく「出会いの不思議」というものを感じています。
どの分野においても、良き指導者に恵まれるという事は非常に重要な事だと思います。
昨日観た「カンブリア宮殿」というテレビの番組で、Jリーグチームの社長さんが、
「私は逆境が来たら、逆境さんいらっしゃい! という気持ちになるんですよ。」
という様な事を仰っていましたが、その姿勢が素晴らしいと思いました。
逆境が来たからといって、逃げたり嫌になったりしなければ、
逆境はまたチャンスにつながり、様々な事を私達に教えてくれます。
私自身の経験でも順境の時よりも逆境の時の経験の方が、
学び多く自分自身を強くしてくれました。
「あの時の苦しい経験があるから、今の自分がある」と感謝できるくらいです。
来年は世界にとっても日本にとっても、どんな年になるかは分かりませんが、
例え逆境が来ても「逆境さんいらっしゃい」と、受け入れる気持ちになれる位だと良いですね。
来年も皆様にとって良い年でありますように・・
暗闇を 抜けて仰ぐや 初光(はつひかり)
純 子
この度の岩手北部地震で被災された方には、心からお見舞い申しあげます。
このところ頻発する大地震、連日の酷暑、凶悪事件と、やはり地球や社会がおかしくなってきているのでしょうか。
昨日は仕事が早く終わったので、なぜかいつもは通らない三条通りを通って自転車で帰る事にしました。烏丸三条のスターバックスのあたりから、警察の方が交通整理をしていましたがそのまま西へ向かいました。そうすると祭りの行列の様なものにぶつかり、だんだんと人も多くなってきて、とうとう堀川三条の所で止まらざるを得なくなりました。大勢の人が大きなお神輿をかついで暗闇の中を行列をしています。夜のお神輿も珍しいので、見物をしてから帰ろうと思い、私はお神輿に向かって手を合わせていた女性に「一体何のお祭りなんですか?」と声を掛けました。その方からは「祇園祭りの後の祭りですよ」という返事が返ってきました。「お神輿が三台通って八坂神社まで行くんです。神泉苑さんでお祓いを受ける所も見にいきました、有り難かったです。」と仰っていました。
次のお神輿までまだ間がありそうなので、何となくその方とお話ししてると「人の悪口や愚痴を聞くと嫌な気分になるので、そういう時はひとりで神様にお参りに行くんですよ。」と仰いました。そして私が滋賀県出身だという事を話すと、彼女も滋賀県の草津市出身で何と高校が同じである事が分かりました!私とはだいぶ年齢が離れておられる様でしたが、クラブや学校の話も懐かしく、高校の先生のお名前が一致してその先生の話題で盛り上がりました。お互い何という偶然だと唖然としましたが、「これも神様のお蔭ですね・・」と言っておられました。その方も滋賀県から京都に嫁いで、もう何十年も経たれた様です。
次に来たお神輿にも、手を合わせ今日までの感謝と来年も無事に拝める様にと祈っておられました。その方とはそこでお別れしましたが、また来年の7月24日もその場所でお会いできたらと思いました。心の美しい方にお会いするとこちらまで心が清められるようです。
そんな偶然、(必然)の出会いに感謝です。
神仏の 繋ぐ縁(えにし)や 後祭り
祭来る 合わす手と手の うつくしき
純 子
先日、天河神社に行ってきました。
お店のお客様に誘われて、その方とお母様とご一緒しました。
京都リビング新聞社主催のバスツアーで、運命学研究家の南 尋公先生も同行され車中で講義をされました。
南先生とは浅からぬご縁があり、最初は私が南先生の講義を受けて、その見識の深さとまるでバスガイドさんの様な美しいお声に、丁度お店の開業を控えていた私は「この先生に観て貰いたい!」と閃きました。
鑑定をお願いすると、なんと南先生のご自宅は私と同郷の滋賀県の大津市で、私が通っていた中学校のすぐ側にお住まいでした。そのうえ、昔私の勤めていた会社の方ともお知り合いが多く、共通点が多い事に驚かされました。京都に住んでいるとあまり大津市の人にも出会わないものです。
南先生の同行で天河に行きたかったのですが、最初の募集は20日の日曜日だったので、既に仕事が入っており諦めていました。ところが誘って頂いたお客様の情報で20日はすぐ満席になったので、18日にも急遽募集されるとういう事でした。早速申し込みましたが、それでも私が申し込んだ時には18日も残席僅かだった様です。バスの中では「自分で選んで来たと思われますが神様は来る人を選ばれます。神様から呼ばれない人は、行くつもりをしていても急用が出来たりして来られないんですよ」と言われギリギリに申し込んだ私はホッとしました。
今回は天河大弁財天社の秘仏「日輪大弁財天」が特別にご開帳されるという事で、その参拝が主な目的ですが、そればかりではなく、天河には様々な魅力が一杯です。私の周りのお客様でも友人でも実に天河に行かれる方が多いのには驚かされます。決して交通の便が良い訳ではないのに何度も訪れる人が多いです。
天河神社は水の神様です。村を流れる天の川の水も美しいのですが、神社で戴いたお水は本当に美味しかったです。また、弁財天は芸能の神様ですので、本殿には立派な能舞台がありました。珍しい形の五十鈴は天の岩戸開きに用いられたそうです。磁場ゼロ地点に立つと気の歪みが整うと言われました。パワースポットである大きな銀杏の木にはみんな手を伸ばして元気を貰っておられました。神気溢れる自然と、大地のエネルギーに心も身体もリフレッシュする事が出来ました。
天河は確かに、神々と地球の存在を身近に体感できる不思議な場所でした。
五十鈴鳴る 願ぎ事(ねぎごと)託す 天の川
純 子
今日は祇園祭の宵山です。
昨日も、夕方からのどしゃ降りの雨にもかかわらず歩行者天国は大変な人出でした。
岐阜県からいつもご来店して下さるお客様が、わざわざお友達を連れて来て下さったり、
夜は常連のお客様と1階の岩茶房さんで、お茶した後に少しだけお祭り見物しました。
お店のお客様とも親しく交流させて頂いて、本当に有り難い事だと思っています。
岩茶房さんでは、今年は祇園祭限定パフェや、
外では手づくり肉まんとジャスミンゼリーティーなんかを売ってます。
鉾の周りにはカメラマンが大勢いるのはよくある光景ですが、鉾立ての段階から、
その様子をスケッチする人が大勢いる事を、今年になって初めて知りました。
他府県から来られたお客様がよく言われるのは、「本当に京都の人は浴衣が好きですね」と、
確かに・・若い人も毎年毎年浴衣姿で、祇園祭に繰り出すのを楽しみにしています。
女の子だけでなく男の子も浴衣をよく着ます。
カップルだけでなく、男の子同志のグループでも浴衣姿というのも見かけます。
私の息子もそう言えば、毎年浴衣を着て出掛けています。
やはり、それも京都の伝統なんでしょうか
若い人にもそれがしっかりと根付いているのは嬉しい事ですね。
咲き競う 浴衣とりどり 鉾の町
純 子
ガイアシンフォニー第3番は「故 星野道夫氏に捧ぐ」とされています。第3番の重要な出演予定者であった星野道夫氏は、1996年8月 ロシアのカムチャッカでテレビ番組の撮影中、熊に襲われて死亡します。
映画の冒頭で生前の星野氏は語っています。「こんな言い方をすると誤解されるかも知れないけれど、時折新聞で人が熊に殺られた、という記事をみたりすると、ある意味ホッとする部分もあるんです。まだ熊に人間が殺される自然が残っているという事なんです。」
それを見た瞬間、私は「ああ星野さんはみずから熊に殺されたのではないか」と直感しました。彼に自殺願望があったとかそういう意味ではなく。そしてその状況を「スタッフやガイドが叫び声を聴いて外に出たとき、すでに巨大な灰色熊が星野を抱いて森の闇に連れ去ろうとしており、どうすることもできなかった」と、龍村仁監督著の魂の旅には書かれています。この本は映画の完成から何年も後に出版されており、今更映画の宣伝にも影響されないでしょうが、世に出さずにはおられなかった監督の「思い」が伝わってきます。
「ぼくたちの中に眠っている1万年前の記憶が甦ってくるような映画にしたいね」
「21世紀にふさわしいぼくたちの時代の神話を命がけで築かなければならないと思ってるんだ。」と、
つい二週間前話した、星野道夫というかけがえのない人を突然失った混乱の中で監督は、撮影を予定通り進めなくてはならなくなります。
「見えない星野道夫を撮る」「聞こえない星野道夫の声を聞く」
星野さんと関わった人々の中で織り成される「偶然という必然」のなかで人と人、事象と事象、心と心とが繋がっていきます。あたかも星野さんの魂が導いてくれるかのように、その度に監督は星野さんの「存在」を感じます。
アラスカに住むクリンギットインディアンの神話の語り部ボブ・サムの「魂を語ることを怖るるなかれ」の言葉に監督は何度も勇気づけられています。そして、彼の「ある意味で彼は、自らこの道を選んだのだ」という言葉に私も同じ思いを抱きました。
撮影を押し進めるうちに起こる「神業」としか思えない「偶然の一致」について監督はこう書いています。「神業」は神から直接人に与えられるのではなく、それぞれの場で「人業」を尽くしているさまざまな人々の「意識せぬ繋がり」によって当然起こるのではないだろうか。ただ重要なのは、人々の「動機」なのだ。「動機」の中に物欲・自己顕示欲などの利己的な心が働いていると、どこかで繋がりが途切れ、「神業」は消えてしまう。善き「動機」から、世界中の人々が人知れず行っている小さな決断や選択、それが何かのきっかけで「偶然」に繋がった時「神業」と見える事が起こるのだ。
私の周りでも最近は毎日のように「偶然という名の必然」が起こります。それはお客様からのフトした会話であったり、友人や書物からの情報であったりします。
最初は戸惑いましたが、その「偶然」がいつも良い方向に私を導いてくれるので感謝し、逆らわず受け入れています。
そして、ガイアシンフォニーに関しても私にもささやかな偶然が・・今、ガイアシンフォニーに出合っている事自体が偶然(必然)ですが、
魂の旅の本編を開けた途端、1行目にこう書かれていたのです。
「1998年10月17日深夜 奈良県吉野郡の山深くにある天河大弁財天神社。」と、私は驚いて息を呑みました。天河神社の事は去年末から急に色々な人から話しがもたらされ、私も一度行ってみたいとは思いながら、未だに参拝できていないとても気になる場所でした。
第3番の映画にも直接関係のないはずの天河神社がなぜ?そしてこう続いています。「今なぜ、南東アラスカの先住民のクリンギット族のボブ・サムがここにいるのか、それが不思議でならなかった。」星野さんが亡くなって2年後にボブ・サムはこの地に立っているのです。
星野さんとボブ・サムを結びつけたのは、「ワタリガラスの神話」を持つ民族という事でしたが、この地こそ、神武天皇と「八咫烏伝説」の舞台となった土地だそうです。翌日ボブと訪れた熊野神社は八咫烏をご神体とする神社だそうです。後で分かった事ですが、龍村監督にとっても天河神社というのは、「地球交響曲」の制作という最初の船出のうえで、とても大きな意味がある場所だったそうです。私にとっても「天河神社」は行くべき「場所」のようです。もうひとつの偶然は、映画を見て星野さんの写真集や本も読みたいなぁと思って、大丸京都店を歩いていた時、「星野道夫展」の文字と2頭の白クマの写真が私の目に飛び込んできました。大丸神戸店2月6日~18日まで開催されるというチラシでした。場所は神戸ですが、そこも行くべき「場所」のようです。
以前私に、地球交響曲・ガイアシンフォニー第6番の上映会の存在を知らせてくれたお客様のNさんが今度は第2番と第3番のDVDと、本を2冊貸して下さいました。1冊は第2番の出演者でもある佐藤初女さんの「おむすびの祈り」 2冊目は龍村仁監督の「魂の旅 地球交響曲第3番」です。
Nさんは九州出身の方ですが、とても文化・芸術に関心が深い方です。能や狂言もお好きで、お恥ずかしい事に京都に住んでいながら、私はよく知らなかったので、最近は情報をお聞きしては観に行ったりしています。京都はどこかで何かしらの芸術的なイベントがあったりするのですが、文化的に恵まれている土地に住んでいながら、何も知らない事はもったいないですよね。狂言の茂山家にファンクラブがある事も初めて知りました。
さて、第2番の佐藤初女さんですが、岩木山麓に「森のイスキア」を主宰されています。佐藤さんは、長年自宅を開放して傷付いた心の方を癒す活動をされていますが、「森のイスキア」は佐藤さんを母のように慕う人々によって完成されました。食べ物によって人の心と身体を癒されています。「梅干しにも、大根にも、ふきのとうにもみなそれぞれの心と命が宿っており、初女さんは、その心といのちの声を聞き、その声の教えにしたがって料理する。だから、初女さんが作ってくださる食事には「魂」が宿っていて、どんな食材を使っても、いつたべてもおいしく、食べたとたんに、いのちが喜び元気になる。食は「魂」の移しかえというのが初女さんの哲学なのだ。」と龍村監督は魂の旅のなかで書いています。 ふきのとうを訪問者の為に、丁寧に丁寧にそっと切り取るシーンは感動的ですらあります。今、まさに人間の為に命を捧げようとしている植物に対する畏敬の念があふれています。物や食べ物があふれ、お金さえだせば何でも食べられる時代に、深い信仰に裏打ちされた佐藤さんの心の込もったお料理で、多くの人の傷付いた魂が癒されていきます。
「ある時、神父様から「あなたにとって祈りとはなんですか」と訊ねられ、とっさに「私の場合は生活です」と答えました。私は傍から見ていると、めったに座って祈らないといわれています。でも、今ここに本当に食べられないでいる人、病んでいる人がいたときに、いくら手をあわせて祈っても、思いはその人にすぐには伝わりません。手をあわせて祈るのは「静の祈り」同じことを心に抱きながら、行動するのが「動の祈り」だと思います。私は、この生きている瞬間瞬間が祈りだと思っています。だから、お茶をいれて、おいしく一緒に飲みましょうというのも祈り。私にとっては、生活すべてが祈りです。」
「ひとりひとりの中に神が宿っている。ですから、どういう人と出会う場合もその人の中にいる神との出会い」と佐藤さんは仰っています。
うらら舘にもなぜか多くの悩みや傷付いた心を抱えた人が来られます。 私も、「一期一会」もう二度と会えない方にでも、その瞬間全霊を挙げてかかわっています。
今日死のうと思っている人に、明日会っても間に合わない事もあるのです。そして、14世ダライ・ラマ法王 龍村監督が法王を第二番の出演者にと願った理由のひとつは「汝の敵こそ、汝の最も偉大なる師なり」という言葉だったそうです。何十年もの不自由な亡命生活を強いられながら徹底した「愛と非暴力」の方法で独立を訴えてこられたダライ・ラマ法王。
映画の中でも、「あなたが理不尽な目に遭い、悲しみ、憎しみ、激しい怒りを感じたまさにその時、耐える事、許す事を学ぶ絶好のチャンスなのです。その為には苦しみを与えてくれる人が必要になる。自分に苦しみを与えてくれた人にさえ、尊敬や感謝の念が生まれる」と仰っています。
同じ頃私は、別の場所で「あなたを苦しめる人の中に神がいる」という言葉を聞きました。
先日、常連のお客様が来店された時、
一枚のCDを持って、かけて下さいと渡されました。
うらら舘では常にヒーリング系の音楽を流していますが、
時々、お客様の持ってこられたCDを一緒に聴きながら施術をする事があります。
「さっき観て来た映画の・・」と言われてなんとそれが、
「ガイアシンフォニー」のサウンドトラックだったのです!
地球交響曲(ガイアシンフォニー)は、龍村仁監督のライフワークの映画で、
今回で第六番になります。
以前ダイジェスト版を見て、その美しい映像と深い精神性に感動して
是非一度見てみたいと思っていたのですが、なかなかどこで上映しているかも
分からず一度も観る機会がありませんでした。
そのお客様も、観たいと思ってたのにチャンスがなかったのが道を歩いていて、
ふと、ポスターが目に入って京都で上映される事を知ったそうです。
想えば叶う。
「明日までやってますよ、同志社大学のハーディホールで・・」というお客様の言葉
に即 「行こう!」と決心しました。
次の日、ホールのロビーでバッタリと「チバさ~ん!」って
なんと、「岩茶房」のスタッフの女性に声を掛けられました。
彼女はとても笑顔の美しい女性です。
笑顔だけで、人を癒す事が出来るのだと彼女を見ていていつもそう思います。
前日も祇園祭で遅くまで店を開けられてて、楽しく呼び込み等をしてたのですが、
映画の話は一切なく、申し合わせた訳でもないのに、彼女とロビーで会うなんて・・
第六番のテーマは「音」です。
「全ての存在は時空を超えて響き合っている」
シタール奏者のラブィ・シャンカール、ピアニストのケリー・ヨスト、
クジラの唄のロジャー・ペイン博士、彼の友人のサックス奏者ポールウィンター
などなど、この地球上で音楽に携わっている方々のインタビューを交えながら、
美しい自然と、聴いた事もない「音」によって映画は進行していきます。
ケリー・ヨストの言葉、「そう、全ての存在が生命を持っています。
さっき手にしたあの小さな石さえも生きているのです。
もうひとつ付け加えるなら、
全てのの存在は生きているだけでなく、意識を持っています。
石の想いを私は感じます。そして山の心も・・」
龍村監督の言葉、「私達は自らの生命が”生かされている”という
まぎれもない事実を忘れ去ってしまった。
その結果が、今起こり始めていた大災害の予兆であり、
悲惨な心の荒廃である。
私達人間が今、ここで果たさなければならない責務とは、
自分の生命が、自分以外の全ての存在との繋がりのなかで、
”生かされているという”事実を思い出すことだ。
私達ひとりひとりが、日々の営みの中でこの”想像力”を取り戻すことだ。」
ガイアシンフォニーは観ているだけで心が洗われ、魂が清まるような映画です。
人類がこの地球上で一番であるはずもなく、
大いなる自然の一部の、はかない存在であるという事を思い出して欲しい。
”生かされている” という事実を思い出せば、
自ら生命を絶つという事も少なくなるでしょう。
自分は何の為にこの世に生まれ、”生かされて”いるのか。
もう一度その意味を考えて欲しい。
再び龍村監督の言葉「母なる星地球は、自らを蝕む病原菌を駆逐する為に、
早晩、最大限の自己治癒力を発揮するだろう。
それは、21世紀に生まれ育つ子供達が、
未曾有の苦難の道を歩まなければいけないことを意味する。」
地球の最大限の自己治癒力の足音がヒタヒタと聞こえてくるようです。
大地震の直後に観たガイアシンフォニーという映画は、
私に色々な感情を思い起こさせてくれました。
久しぶりのブログです。
この時期、京都では祇園祭で賑っていましたが、
日本各地では台風や地震の災害で多くの方々が被災され
心からお見舞い申し上げます。
住み慣れたわが家を、一瞬のうちに失った方々の心境は
如何ばかりかとお察し申し上げます。
恐怖・悲しみ・不安・・・ 何の罪もない人々の生活を奪い去る災害。
被災された方にはお年寄りも多く、
歳を重ねると体力も気力も衰えてくるものです。
再建までは長い道のり。
歳をとってからの新たな苦労というものは本当に辛いものだと思います。
人はそれほど強くもなく、また弱くもない存在です。
すべての被災された方々が、希望を持って再建を果たされますように
心からお祈り申し上げます。
うらら舘の北向かいの御射山(みさやま)公園が、今岐路に立たされています。
京都市が4月より3年の工期をかけて、公園の地下に駐輪場を建設しようとしています。
4月からの着工予定なのに、周辺住民の自治会に工事の概要が示されたのは3月6日という
唐突さです。以前にも書きましたが御射山公園は、緑の少ない都心にあって子供達はもとより
市民の大切なオアシスになっております。
朝は小鳥がさえずり、お母さんに連れられて遊ぶ幼い子供達。
昼にはOLさんやサラリーマンがお弁当を広げ、放課後には小学生達が歓声をあげながら
遊びに夢中になっています。公園から聞こえてくる子供達の声やざわめきを私は大好きです。
公園は子供達の情操を育むうえでも大切な場所です。
誰しも幼い頃、友達と遊びに夢中になった場所は思い出の中に鮮明に残っているはずです。
近くに高倉小学校もあり、交通量の多いこの地域にあって
御射山公園は、子供達が安心して遊べる数少ない貴重な空間です。
公園に植わっている木々たちも伐採されるそうです。今、御射山公園の木々には
一本一本に「この木を切らないで!」という願いを込めた布が結びつけられています。
折しもセカンドハウスさんのお店の前の桜は今、満開です。
この桜も今年で見納めだと思うのか、携帯で記念撮影しておられる方も大勢おられます。
今朝はウグイスが鳴いていました。こんな都会の真ん中でウグイスの声が聞けるなんて・・
人間ばかりでなく、自然界の植物や動物にとっても御射山公園は大切な場所です。
それを、一部の人間の都合だけで簡単に壊してしまっていいものでしょうか?
一度壊れてしまったものは二度と甦りません。たとえ何年後かに公園に復元されたとしても
何十年とかかって築かれた、今の御射山公園とは違ったものになっているでしょう。
うらら舘でも1階の岩茶房さんを始め、地域の方々と一緒に工事の計画の再検討を
京都市に嘆願していく活動に参加させて頂く事になりました。
この活動にご賛同頂ける方に、ご協力を頂ければ幸いです。
子等去りて えぐる大地や 桜 哭(な)く
純 子
新年あけましておめでとうございます。
良いお正月をお過ごしでしたでしょうか。
皆様は新年にあたり、今年の目標などは立てられますか?
私は、まずマッサージ技術の向上と、新しい技術の習得に励みたいと思っています。
お客様から、様々なお悩みやご質問をお伺いするにつけ、リンパや美容の分野を超えた
ご質問も多く、少しでもご期待に沿えるよう精進したいと思っています。
昨年はお蔭様で忙しくて時間がなかったので、今年は落ち着いて勉強がしてみたいです。
そして、このブログをマメに更新できるようにしたいと思います。
うらら舘のブログの更新を心待ちにして下さる、隠れファンもいらっしゃるようで、
今年は出来るだけ多く書き込みができますよう頑張ります!
俳句も本格的に再開しようと思っています。
あと、「Mー1 グランプリにも出たいなぁー」 と思って息子と娘を誘ったのですが、
アッサリ断られてしまいました。
今年も笑顔で過ごせたら良いですね。 どうぞよろしくお願いいたします。
合 掌 に 願ぎ事(ねぎごと) あふるる 初 参 り
純 子
これが今年最後のブログになると思います。
今年は私にとって、うらら舘の開業という大きな節目にあたりました。
多くの人々に支えて頂きながら、開業にこぎつける事ができ、本当に有り難く思っております。
また、人と人とのご縁を多いに感じさせられた一年でもございました。
開業以来、思いがけず全国から何百人のお客様をお迎えする事ができ、
驚くと共に大変感謝致しております。
様々な年齢、職業や考えの人達と接する事ができ、
お客様から学ばせて頂いた事も多々ございました。
開業がなかったらこんなに多くの方達とは、生涯出会わなかっただろうと思います。
また、その中から個人的にも親しくお付き合いさせて頂くお客様も現れ、
「千葉さんとはご縁を感じる」 と言って頂けるお客様もいらっしゃいます。
つくづく偶然の出会いはないものだと感じます。
「一期一会」 数あるサロンの中からうらら舘をお選び頂き、
何度もご来店下さるお客様は、勿論 有り難いですが、
一度きりのお客様でもうらら舘に来て何かを感じて帰って頂ければ、幸いです。
人と人とは、傷つけ合う事もあるけれど、支え合い、癒し合える存在でもあると思います。
希望を捨てずに歩んでまいりましょう!
今年一年、本当に有難うございました。
そして、来年もまたどうぞよろしくお願いいたします。
幾 世にも 渡る縁 (えにし)や 年 歩 む
冬 舘 (ふゆやかた) 一期の縁 永遠(とことは) に
客 人(まろうど)に 幸あれと願ぐ 年の果て
純 子
お客様ばかりでなく、世界中の人々が平和で心安らかな、
新年を迎えられますようお祈り致しております。
メリークリスマス!
皆様、素敵なクリスマスをお過ごしですか?
イブの昨夜は、うらら舘の1階の岩茶房(がんちゃぼう)さんでクリスマス会が開かれました。
岩茶房さんは中国茶の岩茶と、点心のお店です。
店長の瀬上さんが今月で京都を離れられるという事もあって、送別会も兼ねていました。
瀬上さんの歌や演奏、プロの方の笛や踊りなどもあってさながらミニコンサート状態です。
歌声喫茶(古い・・) 並みにみんなで合唱したりして、とても楽しかったです。
美味しい岩茶やお料理と、瀬上さんをはじめスタッフの方々お心遣いが感じられました。
初めて瀬上さんにお会いした時、「なんて瞳の綺麗な人なんだろう!」と驚きました。
目ヂカラのある人というのは、時々出会いますが、澄んだ瞳の人にはあまりお会いしません。
余程心が綺麗で澄みきってないと、目には現れてこないです。ご挨拶で「2年前に京都に
来た時は一人で来たのに、帰る時にはこんなに大勢の人に送って貰って・・」と仰ってましたが
きっと彼の優しい人柄に惹かれて、こんな素敵な人達が集まってきたんだなぁって感じました。
また、整体の会も定期的に開かれていて、丁度私がマッサージ以外にも勉強したいけど、
時間もないし・・と思っていた時だったので、喜んで参加しました。
整体といっても「気」を入れるだけで、身体が勝手に動き出すというもので(活元運動)
最初見た時はホント驚きました。人間には元々自然治癒力が備わっていて、活元運動は
身体の悪い所を自動的に矯正してくれるらしいです。だから肩こりの人は肩がグルグル回るし
脚の悪い人は脚が動きます。部屋中転げ回る人、急にゲラゲラ笑い出す人や、号泣する人も。
きっと普段感情が抑圧されているのだと思いますが・・人によって反応が様々です。
活元運動の時は、しっかり意識もありますが、なすがままにして無理に止めようとしないほうが
良いらしいです。
初参加の時は、私の身体が前後に揺れ続けて止まらず揺れたままお茶を飲んでいたら、
隣の人も揺れながらお茶を飲んでいました。その話をお客様にしたら、「私も揺れたーい!」
という人が どんどん集まってきて、みんなで楽しく揺れてます。
慣れてくると一人でも自由に揺れる事が出来、自動的に身体が動くのが便利です。
最初の部分が直ってきたら、また次の部分へと移動していきます。
私は始め腰がグルグル回っていたのが、肩が回り出し、この前は勝手に口が開いたまま
閉まらなくなり ました。実は私、顎間接症で顎の骨がカクカクいって口が大きく開けられ
ないのです。 それを直そうと してくれてるのかなぁって、有り難くなってきました。
体験したものでないとなかなか理解して貰えないと 思いますが、
あくびや朝起きた時伸びをするのも 活元運動の一種だそうです。
瀬上さんは東京の岩茶房のお店に行かれるそうで、
京都に来られた時は整体の会も開かれるそうです。
もちろん、京都のお店もそのまま営業されますからヨロシク!!
岩茶房さんのホームページです。 http://www.gancha-bou.co.jp
行ってきました、マンマ・ミーアに!
と、言っても、もう5回目位なのですが・・
思い起せば昨年の今頃、たまたま梅田のハービスエントの前を通りかかったら、
「マンマ・ミーア 当日券有ります」の文字が・・
「これだ!」と思って、早速夜の部を観に行きました。
入ってみてまず驚いたのが、私の隣もその隣も会社帰りのおじさんが一人で来てはるんです。
男の人が一人でも観に来るミュージカルって?まぁ私も一人でしたけど・・
年恰好も私と同年代くらいで、アバを聴いて青春時代を過ごしたんだなぁって・・
始まってみれば、懐かしいアバの曲のオンパレード!
カーテンコールは観客総立ちでノリノリです。日常を忘れて青春時代の曲に囲まれて、
終わってみれば気持ちがスーッとしてストレス解消してました。
だからサラリーマンが一人でも観に来る気持ちが分かりました。みんな色々ありますもんね・・
それからというもの、色んな人を誘ってはマンマ・ミーアに足を運ぶようになりました。
感激して、泣き出す人、止まっていた生理が翌日から始まった人等々・・若返り効果も判明!
感動は魂の栄養になるという話を聞きました。感激して泣いても笑っても良いんですよ。
うらら舘の常連のお客様にも勧めたら、ご主人と一緒に行かれて、
その後ご主人の方が 夢中になられて、今ではすっかりミュージカル好きになられたとか。
前田美波里さんもいつまでも若くてお美しく、身体を使うお仕事だけに、
相当の努力と鍛錬をされて るんだろなぁって・・体力も気力も衰えを感じる今日この頃ですが、
舞台で踊られるお姿を拝見して、「私もまだまだ頑張らなければ!」と思ってしまいます。
勇気と元気を貰えて、そのうえストレス解消出来るか ら、
何度も足を運ぶファンが多いのではないでしょうか?
息子とその彼女にチケットをプレゼントしたら、「何や、あのオバハン等のノリは!」って
驚いて帰ってきました。
息子はヒップホップとか音楽をやっていて、ダンスは見慣れている筈なのに、
親の世代が踊ったりするのは信じられないみたいです。
オカンやオトンにかて、唄ったり踊ったりした青春時代はあったんやで。
先日は高校の同級生と3人で行ったのですが、私の熱意にほだされて観に来てくれました。
青春時代に一緒に過ごした仲間と、当時の音楽を聴けるなんて・・とっても嬉しい事です。
彼女達が相変わらず綺麗だったのも嬉しかったです。お互い、物忘れは多かったですが・・
同級生が老けたり不幸だったりするのを見るのは悲しい事ですもんね。
マンマ・ミーアは観劇するというよりも、私は踊りに行くとうい感覚です。
大阪公演もいよいよ来年の2月迄ですから、お近くの方は是非観に行って下さいネ。
私もあと2回は行きたいと思ってます!
秋ですねぇ~。
天高く、風は心地良く、街を歩けば何処からともなく金木犀の香りが漂う、
本当に良い季節になりました。
季節に好き嫌いを言っては申し訳ないけれど、私は秋が一番好きです。
爽やかな昼間の顔とは別に、あっというまに日は暮れゆきます。
秋の夕暮れはなぜだか淋しくて、人をロマンティックな詩人にします。
大気は澄みわたり、夜空には大きな美しい月が・・
ビル街を抜け鴨川にぽっかり浮かんだ月を目にした時は、その存在感に、
思わず圧倒されてしまいました。
私は俳句を詠みますが、秋の月を見るとたくさんの言葉が浮かんできます。
月だけではなく、秋は題材に困るという事がないので詠み手としても嬉しい季節です。
太古の昔の人々も、この同じ月を見上げていたのかと思うと感慨深いものがあります。
文明がいくら進んでも、自然の一部である人類は夜空の月に畏敬の念すら抱いてしまう。
昔も今も、人とは変わらない存在なのだと・・
最後に、秋にちなんだ季語をご紹介します。貴方も一句ひねってみたら?
初秋 仲秋 十月 秋の暮れ 夜長 長き夜 冷やか 爽やか 冷まじ(すさまじ)
秋深し 釣瓶落し 秋晴 月 月光 月夜 十六夜 星月夜 天の川 銀河 流れ星
流れ星 そっと手をさす 十五階
純 子
以前、有名作家の講演に行った時のお話です。以下はその抜粋ですが月日が経ち
記憶が曖昧で、正確ではない部分もあるかと思われますがご容赦下さい。
近頃、都会では心療内科に行くのが流行っている。「私、昨日心療内科に行って来たの。」
と気軽に会話の中に出てくる。毎朝、満員電車に揺られて会社で闘って、
心療内科に行きながらも競争社会の中で必死に頑張っている。
自殺大国、日本。何とも言えず病んでいる日本。
最近の若者は気持ちが悪い。笑わない、喜怒哀楽の表情を出さない。
プラスチックの心をステンレスでコーティングしているようだとも。
悲しい時には泣き、楽しい時には笑い、腹が立ったら怒り、もっと感情を表に出すべきだと。
私も同感でした。「心療内科に行って来た」とあたかもファッションのように話題に
出来るという事は、以前に比べて隠し立てしなくなった様にも思えますが、
それだけ心を病む人が日常に溢れている・・という事ではないでしょうか?
最近の若い人は傷付きやすい心を悟られない為に無表情を装って、
自分は何も感じていないフリをしているように思えます。
でも、そうなる迄にはきっときっと大変なストレスがあったはずで、
誰でも赤ちゃんの頃は表情豊かであったはずです。
いじめや受験や競争社会の中で子供の頃から、大きなストレスにさらされて成長していった
若者達は、無表情になって自分を傷付けるものから必死で守っているように見えます。
ところで、泣くという行為はものすごい癒しになるとか。
失恋して思いっきり泣いて、泣いて「アー スッキリした!」なんて経験はありませんか?
大声で笑うのもストレス解消になります。笑ってるとその一瞬は嫌な事は忘れますよね。
泣くにせよ笑うにせよ感動は魂の栄養になります。喜怒哀楽を素直に出してみるというのも、
心の健康にとっては必要なんじゃないでしょうか?
みんな自分を大事に。かけがえのない貴方の人生を自分自身で潰さないように。
ましてや他人に貴方の大切な人生を潰されないように。 自分に優しく、優しく・・・
青嵐(あおあらし) 心療内科の 扉(と)を叩く
純 子
お蔭様で、ホームページからのメールでのお問い合わせも大変増えてまいりました。
メールでのお問い合わせに関しまして、ごくまれにではございますが、
エラーにより返信出来ないケースも出て来ております。
サーバーの問題だと思われますが、せっかくお問い合わせ頂きましたのにご返答出来ずに
大変心苦しく思っております。この場をお借り致しましてお侘び申し上げます。
メールでのお問い合わせに関しましては、このような場合に際しまして念の為、
お電話番号等ご連絡先をご記入頂けますようお願い申し上げます。
当日・翌日予約等、お日にちの差し迫っている場合は
お電話でのお問い合わせをお勧めいたします。
又、よくあるご質問に関してご回答申し上げます。
・男性の方の施術に関しましては、女性とご同伴かお客様等からのご紹介者のある場合に
行なわせて頂いております。その点、ご理解のほどよろしくお願い致します。
・着替えはゲルマニウム温浴も含めて、全て当店にてご用意致しておりますので
特に何もお持ち頂く必要はございません。
・純金パック等、フェイシャルトリートメントの施術を受けられるお客様は、
ご自分のメイク用品をご持参下さい。ドライヤー、化粧水等は当店にてご用意致しております。
以上、よくあるご質問にお答えさせて頂きましたが、
これ以外にも疑問点等ございましたらご遠慮なくお問い合わせ下さい。
夏休みもそろそろ終わりですねぇ。
今年、私は町内の役員にあたってしまい、夏休みのラジオ体操の担当に・・
5日間だけでしたが遅刻できないと、何度も目が覚めて結局寝不足になってしまいました。
でも、凄い発見をしました。まずラジオ体操は肩凝りに良い!
外まわーし!内まわーし!って腕をグルグル回します。
身体を横に曲げたり、全体を回す運動とかも。
これだけでも肩が軽くなります。そのうえ、ねじる運動はウエストに効きそう。
普段滅多にしない動作のオンパレード!終わった頃には、寝ぼけてた身体がスッキリと。
以前テレビでやってましたが、ラジオ体操を毎日やっている人はウェストが細くなるとか。
最後の深呼吸も良いですね。これも又聞きですが、現代人は気が身体の上へ上へと
あがって 切れやすくなったり、イライラしたりする人が多いそうです。
気を下へ落ち着かす為にも、深呼吸というのが重要だそうです。
こういう話をお客様としていたら、数日後に来店された時、
「私、あれから毎朝6時半に起きてラジオ体操し ています。」と仰ったのでびっくりしました。
私はとても起きられずテープでやっているのに・・
私の拙い話を即、素直をに実行されているそのお客様がとても素敵に見えました。
夏の朝 天に伸びゆく 子等の手よ
純 子
先日、夢の森へ行ってきました。夢の中の話ではなく奈良県の夢の森工房さんです。
手造りのガラス製品や住宅、店舗などのアートガラスやオブジェなどを製作しておられます。
元々は代々続いた竹材屋さんで、編み針とか茶せん等の竹製品などを製作しておられます。
今の谷村社長さんの代になってガラスを始められたらしいのですが、
前にお話した「ゆうゆう会」のメンバーさんでもあります。
うらら舘の照明や表札のプレートなんかもオリジナルで作って頂き、
世界にひとうしかないので、とっても気にいってます。 それとガラス製の絵皿も素敵です。
陶製の絵皿は数あれどガラスの絵皿は初めてで、しかも美しい!
最初にサイトで見て一目で気に入り購入を決めました。
私の友人である通称「星子」さんに以前から、
夢の森さんへ連れて行って欲しいと頼まれていたのですが、
開業の忙しさに延び延びになっていたのを、やっと今回実現しました。
星子さんとは、2,3ヶ月前にお会いしたばかりなのですが、
会った途端に意気投合して長年の友人か家族のようになってしまいました。
多くを語らなくてもお互いの事が分かるというのは、とってもラクチンです。
最近は周りにそんな人が増えてきました。というよりそんな人しか集まらなくなってきました。
祇園祭で賑う京都を後にして一路近鉄電車で奈良へ。
奈良といっても夢の森さんのところは京都からも大阪からも意外に近いです。
窓に広がる緑いっぱいの田園風景に思わずホッとさせられます。
都会ではなかなか目にする事がないですが緑を見ると落ち着くというのは、
きっと人には自然が必要だから・・
駅まで谷村社長直々にお迎え頂きました。車窓にはどこまでも山と緑が・・
都会育ちの星子さんも嬉しそう。到着すると白いモコモコのワンちゃんがお出迎え。
とっても広い敷地には事務所や工場もあって迷子になってしまいそうです。
社宅を改装したギャラリーにガラス製品や照明器具が展示されています。
トイレがまた凄くて4畳半ほどもあって、天井にはステンドグラスが埋め込まれています。
昼間も素敵ですが夜はもっとキラキラと綺麗です。床にも光るガラスが埋め込まれてました。
実は今回訪問したのは星子さんが新しく始められるお仕事のお部屋に置きたいという事で、
照明器具等を探しにきたのです。星子さんのお仕事については形が出来次第、
ご紹介できると思います。 お楽しみに・・・
社長の奥様の手作りのケーキを頂きながら、みんなすっかり落ち着いてしまいました。
奥様はお料理上手でいつも美味しいお料理やお菓子でもてなして下さいます。
私も主婦ですが夢の森さんへ伺うと、つい甘えたモードになってマッタリしてしまいます。
そんな雰囲気がお二人にも周りの風景や環境にもあるようです。
星子さんもすっかり溶け込んで数時間前に初めて会ったのに、もう家族のようです。
誰かが 「お疲れ様です・・」に代わる何か別の言葉はないかな?」と
言うので「お元気様」というのはどうです?っという事でみんなで、お元気様です!
を使おうという事になりました。
翌日、さすがは谷村社長は早速お元気様とメールで使っておられましたが、
私はつい今までの習慣が抜けずに相変わらずお疲れ様です・・を使ってしまいます。
そんなこんなで、夢の森での夢のようなひと時はあっと言う間に過ぎてしまいました。
谷村社長、奥様、星子さん みなさん有難う!
そして お元気様!
夢の森さんのアドレスは、ネットショップ逸品屋
個性的な器や照明器具をお探しなら、是非ご覧下さい。
夢の森工房
7月7日、七夕の夜に高橋真梨子コンサートへ行ってきました。
夕方大阪の厚生年金会館へ行ったのですが、ガラーンとしててどうも様子が違う。
本日の予定の看板にも何も書いてない。「もしや!」と思ってチケットを見直すと
チケットにはフェステバルホールの文字が・・・
慌ててタクシーでフェステバルホールへ向かいました。
まだ時間が早かったので間に合いましたが、私も連れのお友達も、
てっきり厚生年金だと思いこんでるから、チケットなんか確認もしなかったのです。
「歳は取りたないなぁ」って二人共大笑い!又「ネタ」がひとつ出来たと喜んでました。
最近は物忘れや勘違いなどは日常茶飯事で、同級生と話しててもみんなボケまくりで、
記憶の断片をパズルのように繋ぎ合せて3人でやっと一人前って感じです。
子供にもいつも怒られてます。怒られた事も忘れたりして・・・
コンサートのほうは意外に男性も多くて5、60代の方も多かったです。
やっぱり真梨子さんの声は天性のものですね。無国籍だけど異国の香りが漂ってきたり、
決して力は入ってないのだけれど、心に深く浸み込むという感じです。
最後は感動して涙ぐんじゃいました。
7月9日には、祇園のグリースで韓国人歌手の鄭 万里さんのコンサートがありました。
私がよく顔を出す異業種交流会(ゆうゆう会)のメンバーの主催で行われました。
ゆうゆう会は発足してそろそろ一年になりますが、メンバーは会社経営者や
資格を持った、それこそ「先生」と呼ばれる方、営業関係の方々などがおられます。
皆さんそれぞれの分野で活躍しておられ、優しくて温かい方ばかりです。
一介の主婦である私がこうして開業にこぎつける事が出来たのも、
ゆうゆう会の皆様の物心両面の応援があったからだと日頃から感謝しております。
最初は勉強会から始まったのですが最近はリクレーションの会みたいになってきました。
でも、数多くのセミナーや勉強会が毎日何処かでありますが、
たまには、こんな会もあってもいいんじゃないかと・・・
ゆうゆう会の皆様にお会いすると家族の中にいるようにホッとできます。
それもメンバーの皆様の雰囲気による所が大きいと思います。
コンサートのほうは、昼・夜共盛況だったようです。唄も初めて聴いたのが殆どですが、
会場の皆さんと一緒に踊ったりしてとても楽しかったです。
踊りは手に表情をつけると良いみたいで、ハンカチを片手に踊っておられる方も多かったです。
マスターするところまではいかなかったけれど、次回はもう少し上手くできそうな気がします。
万里さんはとてもパワフルで素敵な女性でお母さんでありながら、
歌手やブライダルの司会もこなしておられます。お客様も韓国の方が多かったのですが
唄のほうは韓国語なのに、司会は日本語だったのにはなんか複雑な思いがしました。
皆さん両方理解出来るんですものネ。
唄って、踊って、とっても楽しい夜でした。
万里さん、蘇錦のメンバーさん、そして会場の皆さん有難う!
度々、俳句の話で恐縮ですが、たいていの方にはあまり馴染みのない世界だと思うので
句会の様子などを紹介したいと思います。
俳句を発表する場としては、新聞や雑誌などの他に句会というものがあります。
句会はカルチャーセンターや自治体、
結社(なんだか秘密結社みたいですが、同好の集まり)主催 のものなどがあります。
句会に行ってまず面白いと思った事は、自分が精魂込めた自信作が全く選ばれず、
適当に行きのバスの中で思いついたような句が、意外に人気を集めるという点です。
前者はきっと自分の思い入れが強すぎて、なかなか他人には理解されないのだと思います。
それと最初は慣れなかったのですが、省略の美というものがあります。
言いたい事は山ほどあるけれど、それをいかに切って、切って十七文字に納めるか、
言葉を捨てて一番言いたい事だけを選び出した時、俳句は生き生きとしてくるものです。
また、人は見かけによらずというか、楚々とした奥様が情熱的な烈しい句を詠んだり、
高齢の男性がロマンティックな恋を詠んだり意外性があるのも俳句の面白いところです。
俳句はお金もかからず場所も選ばず、悲しい時には悲しみの、楽しい時には喜びを
表す事ができます。 例え身体は病院のベッドの上にあっても心は自由に、
野に山に街に故郷に飛んでいく事ができます。
何処にいても人の心は誰にも縛れないから、自然や生活の句を詠む事ができます。
自分が作った意味とは全然意図していない解釈をされたりする事もあり、
時には作者そっちのけで議論がアチコチで沸きあがったりします。
つくづく人の受け取り方は百人百様で面白いなぁと思ってみたり、
自分の表現力が足りないから理解されないのかなぁっと反省してみたり、
作者の手元から離れて、相手の受け取り方によって自在に変化する俳句って、
本当に面白くて奥が深いものだと思います。
紫陽花や 移ふ恋の 果ていづこ
純 子
私と俳句との出会いは、4、5年前だったと思いますが知り合いの方から句会に来ない?
と誘われたのがきっかけでした。俳句といっても学校の国語の時間に習った
「五・七・五」という位の 知識しかありませんでした。でも何となく毎月句会に通ううちに
だんだんと俳句の魅力に引き付けられるようになっていきました。
当時私は義父の介護の真最中でストレスも溜り眠れない日も多かったのですが、
俳句を考えている時だけが日常を忘れられる時間となっていったのです。
ところで俳句には「五・七・五」の他にもお約束があり、
それは必ず季題(季語)を入れなさいというものです。 春・夏・秋・冬
季節に応じた季語を入れるのですが、「そんなん分からへん!」という人も大丈夫。
「俳句歳時記」という本があるのです。
私のは角川書店編の歳時記ですが国語辞典位の分厚さです。
その歳時記を初めて開いて驚きました!何と美しい日本語の数々・・
時候や天文。生活、自然、行事などが季節ごとに紹介されているのですが、
文章や言葉を扱う職業にも就いてきてボキャブラリーには多少の自信があった私ですが、
そんなささやかな自負心は見事に打ち砕かれました。
虎落笛(冬) 何て読むか分かります? (もがりぶえ)と読むそうです。
意味は木枯らしなどが柵や竹垣に吹きつけて発する笛のような音とあります。
私はつい演歌の越冬つばめを思い出してしまいました。
山笑ふ(春) 山粧ふ(秋) 山眠る(冬)
季節の移り変わりの中で刻々と変化する山の様子ですね。
太宰忌(夏)や芭蕉忌(冬)など命日までも採用されています。
古臭い言葉ばかりでなく、サングラス(夏)ナイター(夏)クリスマス(冬)など
私達の生活のシーンの一コマも季語として採用されています。
言葉は生き物です。人の口にのぼってこそ初めて生き生きとし出しますが、
昔私達が使っていた美しい言い回しや言葉達も忘れないでいて欲しいと、
歳時記は教えてくれているように思います。
波濤越へ 我呼ぶ声か 虎落笛
純 子
私は名刺には一応、~セラピスト~ と名乗っており、
○○セラピストと名の付くセラピストの資格も幾つか取得致しておりますが、
一般の方にはセラピストと言っても多分ピンとこないと思います。
最近は「先生」と呼ばれる事も多く、自分でも何時からそんなに偉くなったのか?
私自身は全然以前と変わらないのに正直戸惑っております。
中身も「先生」と呼ばれるにふさわしい人物になるよう精進しなければと思っております。
ところで、うらら舘には「イッパイ、イッパイ」になって訪れる方が結構多くおられます。
「イッパイ、イッパイになったから来ました」とか、来るなりご自身の悩みをウワーッて感じで
吐き出される方もいらっしゃいます。
別にお悩み相談の看板を挙げてる訳でもないのに不思議に思って、
サロンに詳しい方に相談しますとその方が「千葉さんが呼んでるんですよ。」とポンと一言。
「!」 「そっかー!私が呼んでるんかぁ」
そうなんです。うらら舘を造った目的のひとつはそこにあったのです。
身体の不調は心の不調。
以前私が人生のどん底にあえいでいた時に、名もなき多くの人達に救われたように、
私も少しでも人の心を救えるお手伝いがしたい。そんな気持ちもあってうらら舘を始めました。
来店された時、暗い顔をされていたお客様が、帰る頃には本当に良いお顔で
「有難う、又来ます。」 と仰って下さった時が一番嬉しいです。
10年以上も前の話ですが、私がどん底で落ち込んでいた時、 初めて会ったお婆さんが
私の境遇に、「あんた、可哀相やなぁ・・」と涙を流して下さったのです。
見ず知らずの私の為に泣いてくれる人がいる・・
人を信じる事が出来なかった当時の私は世の中にはこんなに心の綺麗な人がいるんだと、
その事に驚いてしまいました。その後も多くの人の言葉や生きる姿勢が、
転げ落ちそうになる私をその都度立ち直らせてくれました。
あなたの一言で、命を救われる人がいる。勇気を貰う人がいる。
もう一度頑張ってみようと思う人がいる。
セラピストなどと名乗らなくても、あなたの愛で隣の人の心が軽くなったならば、
ひとりひとりが立派なセラピスト。
うらら舘の前には、御射山公園という割と大きな公園が広がっています。
部屋から見たこのロケーションを、一目で気に入り物件を決めました。
不動産屋さんも、「こんな都会の繁華街に公園が残っていること自体不思議ですよね。」って
仰っていました。
公園って色んな顔があるんですよ。まず、子供達の歓声。
子供の声って近くで聞くとうるさい時があるのに、少し離れて耳にすると
不思議と心地良いのです。 エネルギーに満ちて、平和の象徴って感じです。
日曜日には子供の自転車の練習をするお父さん。お昼休みにはお弁当を広げるOLさん。
売れなかったのかな?ガックリ肩を落とす営業マン。ホームレス。ボンヤリと佇む中年男性。
夜は夜で若者達が騒いでいます。今、この瞬間が楽しいって感じで、
でも何かから逃げたかったり、家に帰りたくなくて居るのだったら、痛々しくって哀しすぎます。
公園って同じ場所に居ても、まるで人生の幸せと不幸せが交錯しているような所です。
目的に向かって街を闊歩している時と違って、公園のベンチに座ると
人はフト自分の素顔に戻るのかもしれませんね。
はじめまして!うらら舘、オーナーセラピストの千葉純子と申します。
平成18年4月に京都・烏丸、大丸近くにリンパドレナージュを中心とした、
癒しのサロンをオープン致しました。
オープン以来たくさんのお客様にご利用頂き大変感謝致しております。
又、お時間の都合等でご予約をお受けできなかったお客様には
この場をお借りして失礼をお詫び申し上げます。
自己紹介ですが、セラピスト兼現在22才の長男と19才の長女を持つ母親でもあります。
趣味は 「俳句」 最近は開業の忙しさに休眠状態ですが、
落ち着けば又再開したいと思っています。
「うらら舘」の名前も俳句の季語から名付けました。
「麗か」とは春の季語で綺麗の麗でもありますよね。
女性を綺麗にして春の陽気のように温かみのあるサロンにしたい・・・
そんな願いも込めて名付けました。
これから、折りにふれ色々な事を書き込んでいきたいと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。