句会
度々、俳句の話で恐縮ですが、たいていの方にはあまり馴染みのない世界だと思うので
句会の様子などを紹介したいと思います。
俳句を発表する場としては、新聞や雑誌などの他に句会というものがあります。
句会はカルチャーセンターや自治体、
結社(なんだか秘密結社みたいですが、同好の集まり)主催 のものなどがあります。
句会に行ってまず面白いと思った事は、自分が精魂込めた自信作が全く選ばれず、
適当に行きのバスの中で思いついたような句が、意外に人気を集めるという点です。
前者はきっと自分の思い入れが強すぎて、なかなか他人には理解されないのだと思います。
それと最初は慣れなかったのですが、省略の美というものがあります。
言いたい事は山ほどあるけれど、それをいかに切って、切って十七文字に納めるか、
言葉を捨てて一番言いたい事だけを選び出した時、俳句は生き生きとしてくるものです。
また、人は見かけによらずというか、楚々とした奥様が情熱的な烈しい句を詠んだり、
高齢の男性がロマンティックな恋を詠んだり意外性があるのも俳句の面白いところです。
俳句はお金もかからず場所も選ばず、悲しい時には悲しみの、楽しい時には喜びを
表す事ができます。 例え身体は病院のベッドの上にあっても心は自由に、
野に山に街に故郷に飛んでいく事ができます。
何処にいても人の心は誰にも縛れないから、自然や生活の句を詠む事ができます。
自分が作った意味とは全然意図していない解釈をされたりする事もあり、
時には作者そっちのけで議論がアチコチで沸きあがったりします。
つくづく人の受け取り方は百人百様で面白いなぁと思ってみたり、
自分の表現力が足りないから理解されないのかなぁっと反省してみたり、
作者の手元から離れて、相手の受け取り方によって自在に変化する俳句って、
本当に面白くて奥が深いものだと思います。
紫陽花や 移ふ恋の 果ていづこ
純 子